ピアニスト牛田智大(うしだ ともはる)が描くショパン
2025.09.01
――9月7日、ツアー千秋楽は北上さくらホールで――
若きショパンの不安や野心、そして愛情が詰め込まれたピアノ協奏曲第1番。その魅力をピアニスト牛田智大さんが、ワルシャワ国立フィルとともに北上で奏でます。ツアー千秋楽の特別な時間に込める想いを聞きました。

――9月7日に北上さくらホールにお越しいただきます。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。北上に伺うのは今回が初めてなので、とても楽しみにしています。1月には盛岡に行きましたし、岩手には2年に1度くらい訪れる機会がありますね。北上には素晴らしいホールがあるとずっと伺っていて、いつか訪れたいと思っていましたので、その願いが叶って嬉しいです。
――岩手の印象はいかがですか?
僕も同じ東北、福島の出身です。雰囲気はもちろん福島も岩手も似ているんですけれど、福島は自分にとって故郷として、内省して落ち着く場所という印象がありますが、岩手はもっとオープンに受け入れてくれる空気感があるように感じます。
――今回共演するのはポーランドを代表するワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団です。印象をお聞かせください。
ワルシャワの中心地に拠点を構える、ポーランドを代表するオーケストラです。ポーランドにもたくさんのオーケストラがあり、現代的でシャープな響きのオーケストラやトップ奏者の集まったパワフルなオーケストラがある中で、ワルシャワ・フィルは古き良きいい響きを保っているオーケストラで、ポーランドの中でもいい意味ですごく東欧的な響きのするオーケストラです。
――初来日となる指揮者のアンナ・スウコフスカ=ミゴンさんについては?
オーケストラは古き良きと言いましたが、アンナさんは実は結構シャープでクリエイティブな人で、その組み合わせも結構面白いんじゃないかなと思ってるんですね。実際にご一緒したことはまだありませんが、今年聴いたワルシャワ・フィルの定期演奏会は素晴らしい演奏でした。ワルシャワ・フィルって、結構自由な自分たちのリズムを持っているオーケストラなんですが、それをうまくコントロールしつつ、ドラマチックで情感豊かな音楽に仕上げていてとても素晴らしかったです。今回のさくらホール公演もまさにスラブ音楽というレパートリーなので、いい演奏会になるんじゃないかなと思っています。
――ポーランドを訪れて感じたことはありますか?
やっぱり、東欧は向こうでは時間の流れが日本よりゆったりしていますね。東京にいるとさあ、すぐ次の仕事、となって時間の流れが速く感じますけど、向こうは待つことにストレスは感じない文化で、1時間待つことも気にしない文化で、そのどっしりとしたおおらかさが自分の音楽にも影響していますね。ピアノの前でゆったり過ごして、自由に、時間そのものを楽しむ演奏ができるようになった気がします。
――当日演奏されるショパン「ピアノ協奏曲第1番」についてお聞かせください。
このツアーの千秋楽が北上公演になりますので、オーケストラともアンナさんともいいコミュニケーションが深まっているころだろうなと思っています。この作品はショパンが20代前半の時に書かれた曲で、すごくセンチメンタルで抒情性があって、初恋の女性に捧げるために作ったとかピュアな若者らしい感性が良く出ているとかよく言われるんですが、彼の残された手紙等を読んで個人的にいま思うのは、若きショパンの感情がすべて詰め込まれた作品ということです。この時期はショパンの人生の中でもかなり内面的に不安定な時期だったんですね。将来の不安、祖国の政治情勢、それに妹や親友を立て続けに亡くすなど精神的に揺れ動く中でも、自らをアピールする華々しい協奏曲を書かなければいけない。そういう野心も同時にもっている。この曲に彼がポロネーズとか、クラコヴィアクとかのフレーズを入れたのも当時の祖国の音楽をもっと多くの人に目を向けてほしいなどの彼の野望だと思います。そういういろんな若い彼の感情がすべて詰め込まれたと思っているのでそこにフォーカスできると面白いなと思っています。私のほうが年上になっちゃったんですけど(笑)、精神的にも共感できる作品です。
――今年10月にはショパン国際ピアノコンクールにも挑戦されますね。
ショパンは自分にとって特別な作曲家で、ライフワークの一つにしたい作曲家なので、コンクールに挑戦することは自分にとって自然なものでした。素晴らしいコンクールでまた参加できるのは本当に光栄ですし、彼の音楽、作品だけに集中できるコンクールって貴重な機会なんです。
演奏家って日々いろいろな作曲家の作品を同時期に演奏する機会が多いのですが、そうすると時々我々はつい「ショパンだから柔らかく」「ベートーヴェンだから力強く」と、一つのイメージでレッテルを貼ってしまうことがあります。でもそうではなく、ひとりの作曲家だけと向き合うことで、彼の音楽にはあらゆるものが詰まっていて、柔らかさももちろんあるけれど、革命的だったり人間離れしたところもあります。いわゆる天才、偉大な作曲家と呼ばれる人の作品には本当にすべてがあるんだなあということを感じさせてくれるという意味でも、音楽家としていい影響を与えてくれるものだと思っていますので、どうなるかわかりませんが楽しんできたいと思っています。
――9月7日北上さくらホールに公演に向けてメッセージをお願いします。
北上の皆さんとお会いできることを楽しみにしています。スラブの深い作品を演奏するには、まさにふさわしい環境の劇場だと思います。ツアーの千秋楽ということでアンサンブルという意味でもすごくいい状態になっているはずです。ぜひみなさん楽しみにしていただければと思います。